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オルトラルノ-OLTRARNO(散策コース 3)


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サント・スピリト地区 - サンタ・フェリチタ(Santa Felicita)からサン・フェリーチェ(San Felice) - ゴンファローネ“ニッキオ”(貝殻)”(Gonfalone del Nicchio)

元々、このゴンファローネには、サン・ヤコポ・ソプラルノ(San Jacopo Soprarno)の全教区住民と、サンタ・フェリチタ(Santa Felicita)とサン・フレディアーノの一部の住民で構成されていました。地区の境界線は、フレスコバルディ広場(Piazza Frescobaldi)からヴェッキオ橋(Ponte Vecchio)にかけてと、サンタ・フェリチタ広場(Santa Felicita)からマニョーリ通り(Costa de Magnoli)とサン・ジョルジョ通り(Costa San Giorgio)とベルヴェデーレ要塞周辺にかけてです。ボーボリ公園(Giardino Boboli)と、グイッチャルディーニ通り(Via Guicciardini)とピッティ宮殿前の斜面広場を境界線としています。ここからサン・マルティーノ・プレスト通り(Via Presto di San Martino)方面へ曲がり、フレスコバルディ広場(Piazza Frescobaldi)へ戻ります。この散策コースは、サンタ・フェリチタ広場(Piazza Santa Felicita)からサン・ジョルジョ通り(Costa San Giorgio)を通ってベルヴェデーレ要塞(Forte Belvedere)まで登って行くコースと類似していますが、これは別の散策コースで既に紹介してあるので、今回は、ベルヴェデーレ要塞の足元を案内することになります。それでも、歴史が詰まった地区ですので、きっとお楽しみいただけるのではないでしょうか。

では、散策をヴェッキオ橋(Ponte Vecchio)からスタートしましょう。戦争の猛威を受けながらも破壊されずに残ったかと思えば、1960年代に起こったアルノ川洪水では、泥水が街を襲いました。この様な歴史を深く刻んでいる橋からアルノ川をゆっくりと堪能していただけます。14世紀からある、世界でも最も有名な橋の一つであり、街のシンボルになっています。橋の上には、昔は肉屋や八百屋が並んでいますが、悪臭を放ち、衛生面でも問題があるということから、現在のように貴金属店が橋の上に店を構えるようになりました。11世紀始めには、貴金属の活動拠点として、サンタ・フェリチタ(Santa Felicita)とサン・フェリーチェ(San Felice)周辺からレオーネ通り(Via del Leone)のサント・スピリト地区が記載されていました。彼らは、その品質を保証していた絹商ギルドやポル・サンタ・マリアに所属していました。絵画の中で描かれている洗練された宗教関係作品や高価な貴金属を見ているとフィレンツェの貴金属の仕事がいかに優れていたか分かると、チェッリーニの貴金属に関する資料に記載されています。

ウフィツィ美術館からピッティ宮殿まで続いているヴァザーリの回廊(Corridoio di Vasari)が頭上を通っているロッシ広場(Piazzetta dei Rossi)の近くにあるマンネッリの塔の前を通過しましょう。この塔は、中世の塔がそのまま残っており、1944年8月の戦争による破壊を目撃している塔でもあります。革製品のお店や手袋屋、靴屋などが観光客を誘惑します。ロッシ広場の手前には小さなサンタ・フェリチタ広場があります。13世紀の宗教戦争を象徴したコロンナが置かれています。このコロンナは、サンタ・フェリチタ教会(Chiesa Santa Felicita)は、4世紀後半、カトリック聖堂の横に建てられました。中世再建され、メディチ家とロレーヌ家の教会になりました。ヴァザーリの回廊がこの教会内部も通っているため、回廊から直接教会礼拝に参加することができました。1736年に、フェルディナンド・ルッジエーリによって、現在の形に再度手を加えられました。教会に入ってすぐ右手にある礼拝堂には、マニエリズム派の画家ヤコポ・ポントルモ(Jacopo Pontromo)による“キリストの降下”があります。これは、礼拝堂主のカッポーニ家のためにかかれたものです。1526年から1528年の間に作成され、形而上光線の使い方や鮮明な色の使い方を以って、傑作の一つとされています。

レオーネ通り(Via del Leone)
レオーネ通り(Via del Leone)

mapグイッチャルディーニ通りをピッティ宮殿方面へ進んでいくと、第2次世界大戦後に建てられた近代的な建物の中には、お店が入っており、バルバドーリ通り(Via Barvadori)やラマリアンティ通り(Vicolo dei Ramaglianti)はアーケードになっています。ニコロ・マキャヴェッリ(Niccolo Machiavelli)が死去した建物は、この通りにあるベニツィ宮に陶器のプレートがはめられています。この宮殿では、グイッチャルディーニ家の他、サン・フィリッポ・ベニツィ(San Filippo Benizi)や歴史家フランチェスコ・グイッチャルディーニの生家でした。スプローネ通り(Via dello Sprone)を曲がると“パッセーラ(Passera)”の名で知られている小さな広場に出ます。スプローネ通りのほぼ真ん中辺りにあり、小さな通りが十字路に伸びています。この辺りも手工芸人の精神や気風が受け継がれています。額縁職人や銅・金属、錬鉄の修復家達の工房があります。そして、木彫りのお店なども覗いて見ると面白いでしょう。トスカネッラ通(Via Toscanella)の名前は、数学者パオロ・ダル・ポッツォ・トスカネッリを称えて付けられました。この通りでは、ジョヴァンニ・ボッカッチョとオットーネ・ロサイ(Ottone Rosai)のフィレンツェを肌で感じ取れることでしょう。Sdrucciolo de Pitti通りを抜けると正面にピッティ宮殿が広がります。中世フィレンツェの発展を象徴するかのような宮殿で、外壁は重厚な石造りとなっています。

15世紀にルカ・ピッティ(Luca Pitti)が建築を始めたピッティ宮殿は、その後、メディチ家、ローレン家、サヴォイ家の手へと渡っていきました。市内でも最も重要な建築物の一つであると共に、宮殿内には、世界の著名な絵画を集めたパラティーナ絵画館(Pinacoteca Palatina)や国王の居住室の他、メディチ家とロレーン家の収集を集めた銀器博物館、現代美術館、アンディート・デッリ・アンジョリーニの展示室、アオスタ大公とナポリ王のアパルタメント、馬車博物館、コンティーニ-ボナコッシコレクション、コスチューム美術館があります。ピッティ宮殿の向かい側には、フィレンツェ工芸品の工房やお店が並んでいます。フィレンツェ伝統紙マーブル模様の紙を使った文房具店やフィレンツェモザイク、寄木細工品、カフェや古美術商、ワインバーなど。ここからは、観光時間に余裕がある方には、サン・フェリーチェ広場からロマーナ通り、スペコーラ美術館(Museo Specola)まで歩いてみてください。または、ピッティ宮殿内のボーボリ庭園(Giardhino di Boboli)を訪れてみてください。28ヘクタールにも及ぶ広大な庭園で、イタリア様式の典型的な庭園です。庭園内には、ブオンタレンティ(Buontalenti)作の洞窟(Grotta)、円形劇場(Anphiteatro)、カフェテラス(Kaffehaus)、休憩所、陶器博物館、カバリエーレ邸、イゾロット(Isolotto)または“小島”の名で呼ばれている場所にあるオケアノスの噴水(Fontana di Oceanus)などがあります。この他にも、糸杉の小道や噴水などがあり、フィレンツェの街中ではなかなか見られない自然がここにはあります。市民の他、観光客の憩いの場にもなっています。

木彫り工芸
木彫り工芸

版画仕上げ
版画仕上げ

スペーコラ美術館(Museo della Specola)は、ロマーナ通り(Via Romana)にあります。美術館の名前は、ピエトロ・レオナルド・ロレーン大公(Gran Duca Pietro Leopoldo di LorraineI)によって設立された天文台から名付けられました。レオポルド2世は、ガリレオの“演壇”を宮殿の2階に作りました。貴重な動物学のコレクションとガエタノ・ズンボ(Gaetano Zumbo)とクレメンテ・スシーニ(Clemente Susini)によって作られた天文模型が上階で展示されています。更に続くと、1066年の公式記録が残るサン・フェリーチェ教会(Chiesa San Felice)に着きます。ベネディクト修道会の一つカマルドーリ会の所有で、15世紀にミケロッツィ(Nichelozzi)によって再建されましたが、最終的には、ドメニコ修道会サン・ピエロ・マルティーレ(San Piero Martire)の所有となりました。内部には、ジョット派の絵画”十字架”を始め、多くの貴重な芸術作品が保存されています。コジモ一世(Cosimo I)がマルチャーノの勝利を称えるために建てた塔は、現在広場の中心にあります。広場内の8番地には、エリザベス・バレット・ブロウニング(Elizabeth Barrett Browning)の死去を記した大理石のプレートがはめ込まれています。

マッジョ通り(Via Maggio)をサンタ・トリニタ橋(Ponte Santa Trinita)方面へ進んで行き、ボルゴ・サン・ヤコポ通り(Borgo San Jacopo)を通ると、ベッキオ橋(Ponte Vecchio)に戻ってきます。貴族の居住だった建物と“過去のショーケース”とも言うべきそれらの建築様式はとても堪能する価値があります。ビアンカ・カッペッロ宮殿(Bianca cappello)は、フランチェスコ1世とそのあいじんが済んでいました。建物は、ベルナルディーノ・ポッチェッティ(Bernardino Poccetti)によるグロテスク様式で、フィレンツェの町中にある建物の中でも最もエレガントな建物の一つといわれています。オルトラルノで最も古い道の一つサン・ヤコポ通り(Borgo San Jacopo)、観光客のみばかりでなく、フィレンツェ市民にも親しまれています。スプローネ通りと交わる角には、ガーゴイルの付いた面白い形の噴水とバルコニーがついています。第2次世界大戦中、この地域にあった多くの中世時代の塔が爆撃から何とか免れました。右手にマルシーリ塔(Tprre dei Marsili)の正面には、デッラ・ロッビアのテラコッタ作品“受胎告知”がはめ込まれています。ベルフレデッリ(Berlfredelli)とラマリアンティ(Ramaglianti)の13世紀の塔は、ダークオーク調で緑色が所々ポイントの色として加えられています。道の反対側には、サン・ヤコポ・ソプラルノ教会があります。この教会は、ゴンファローネ”Nicchio(貝殻)”の区教会です。原型はロマネスク様式で、しばしば内・外面が改装されました。正面にある柱廊は、1575年にスコペート(Scopeto)のサン・ドナート(San Donato)から運ばれてきました。教会の後陣と17世紀に建てられた鐘楼がアルノ川と近隣の古い建物と一緒に写し出されます。バルバドーリの塔の横には、小さな小さな広場があり、そこからベッキオ橋が見れます。アルノ川両岸に第2次大戦後に建てられた建物は”誇張な限り昔の建物を復元”されています。 

ボーボーリ Boboli
ボーボリ
Boboli


ビアンカ宮殿-Palazzo Bianca
ビアンカ宮殿
Palazzo Bianca

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